コラム | 天気の神様 学問の神様
POST:2018.08.27
週明け、仕事が一番しんどい月曜日、皆様いかがお過ごしでしょうか?
管理人、週末は福岡市から電車に揺られて30分、「太宰府天満宮」へと足を運んできました!
福岡イチの繁華街天神からですと、「西鉄電車」がオススメです。
直通の路線があって、だいたい30分くらいで到着します。
そのアクセスの良さも相まって、近年はアジア系の観光客が非常に多いスポットでもあります。
また、隣接する九州国立博物館もお時間があればぜひ立ち寄ってもらいたいスポットです!
駅からは参道沿いにお店が連なっており、「梅ヶ枝餅」を食べるもよし、お土産を選ぶもよし、インスタ映えする「スタバ」でくつろぐもよしでございます!
その太宰府天満宮について今回は少し触れてみます。
太宰府天満宮と菅原道真
菅原道真とは、平安時代の政治家(お公家さん)、詩人としても有名で小倉百人一首にも登場します。
太宰府天満宮の御祭神はこの「菅原道真公」なんですね。
なんで時の政治家が「天満宮」の御祭神なのか・・・
そして、太宰府天満宮と言えば「学問の神様」として有名ですが、果たしてなぜなのか??
ざっくりと説明しますと、
菅原道真は幼少の頃から優秀な人物でした。
貴族としてもぐんぐん出世して、「右大臣」にまで上り詰めます。
先にも述べた通り、詩人としても評価が高く、政治家としても文化人としても評価されていた人だったわけですね。
当然、他の人からしたら面白くない。
時の左大臣からの嫉妬を買うことになります。
あることないこと言われて、失脚させられた菅原道真は九州に左遷されることになります。
今で言えば、大企業の常務取締役が九州の営業所長にまで降格されたような感じでしょうか?
そして、失意のまま亡くなった道真公。
すると、京都に異変が起こります。
落雷などで家屋焼失すること多数!
天変地異だー!!!
京都の人々はこう噂します。「道真公に怨念に違いない」と。
今でも雷が落ちたりすると「くわばらくわばら」と呟きますが、これは大規模な落雷からの被害を桑原だけ避けていたことに起因します。
桑原はかつて道真公が暮らしていた土地。
そんなことも相まって、道真公の仕業に違いない!となったんですね。
そして、雷が落ちないように「くわばらくわばら」と呟いて、道真公に「ここは桑原ですよー」と教えることで被害から免れようとしたわけです。
えーこんな経緯がありまして、道真公は「天気を司る神様」として祀られることになります。
そのため、「天満宮」として太宰府に祀られているわけです。
余談ですが、こういうことから道真公は「日本三大怨霊」の一人に数えられています。
天の神様から学問の神様へ
こうして、「天神様」として天気を司る神様になった道真公。
しかし、道真公はそもそも怨霊でもなければ天気の神様でもないわけです。
「めっちゃ優秀な人」だったわけですよ。
そんなことから、江戸時代くらいから道真公にあやかろうと学問の神様へと変貌を遂げていったようです。
道真公的にもこっちで慕われる方がいいんじゃないかと個人的には思っています。
今ではすっかり受験や資格の合格祈願の神様として定着した感じもありますが基本的には天気の神様ということはご理解いただければ!
まとめ
福岡市からも近くて、観光にもぴったりな太宰府天満宮。
そこには一人の男の無念も詰まっています。
他にも、本殿の「飛梅」や「牛」についてなど紹介し出すと長くなってしまうので割愛します笑
実際に行ってみてもらうのが一番かなと笑
某有名なバンドのメンバー曰く「大きい木が多い」のも特徴のひとつ。
歴史が感じられる樹木も沢山です!
このように太宰府天満宮は、天気がいい休みの日にはのんびりぷらぷらできる観光地です!