コラム | 会議が嫌い

POST:2018.05.03

会議というものが大嫌い

何を隠そう、会議というものが大嫌い。
というのも、会議不要論者だからです。

よくも悪くも色んな会社で会議を経験してきましたが、概ね

・ただ数字を報告しているだけの「報告会」
・発言権が上司にしかない「演説会」
・会議とは名ばかりの「座談会」

のいずれかに収まってしまうからです。

日頃から報連相ができていれば報告会は不必要だし、上司が喋りたいだけの演説会や座談会には時間をかける気も起きません。

在職中の会社はその3つともを一気にやってしまうという素晴らしいシステム!!
もはやこの時間を睡眠時間にでも充てた方がよほど生産性が上がります。

こうなるのは、そもそも「会議」が持つ意味を理解していない人が多いからじゃないかと思います。

「会議」とは

では、会議とは何ぞや。

ずばり、「意思決定の場」だと思っています。
何か解決したい事象や、行き詰まっている事象があるから「会議」という方法で解決を図るわけですね。
もっと踏み込むなら、会議には「議題」がなければなりません。

ところが、気づいた時には会議を行なうことが目的になっていたりして、何だか定例会という名の無駄な時間が量産されていくわけです。

会議を行なう(みんなで集まって話す)ことが目的なので、しょうがなく取ってつけたような数字の報告会や上司がありがた〜いお言葉を述べる場ができあがっていく・・・という構図かなと思っています。

基本的に、全てのリソースは有限です。
特に、時間は誰しもに平等に与えられている以上有効活用しなければ無意味です。

無駄な会議に時間を費やすなんて、人生そのものを損しています。

と、これくらい会議が嫌いな訳ですが、どんな会議なら出席してもいいと思えるか。。

会議

まず、「議題」があること。
つまり、解決したい課題や話し合うべき内容が明確化されていること。

議題に沿った人選がされていること。
たまに無関係な人間が発言するでもなく座っているだけの会議があります。
というか、自分がほとんどそれです。だって無関係なんだもん笑

時間が区切られていること。
1時間なら1時間ときちんと区切っていないと、多くの人間が関わる場合間延びします。
ダラダラとくだらない話に傾かないようにするためにも、時間設定は厳守が原則です。

発言権がフラットなこと。
上司が喋るだけなら、上司が一人で脳内会議でもしていればいいと思います。
また、発言者の意見を糾弾するような行為もNGだと思います。

可能であれば、進行役も設けておきたいところです。
が、上手く進行させるのもそれなりのテクニックや経験が必要なので難しいところ。

当然、課題を解決するにあたって数字が必要になったり資料が必要になったりするかとは思いますが、それそのものは単なるツールです。

会議という『手段』を活かすためのツール。
事前に回覧しておけば済む話です。

『目的』は意思決定ですので、それに至るために各人がどうするかを真剣に考えてから臨むような会議なら十分意味は見出だせます。

そうじゃない会議ごっこなら正直願い下げなんですよね〜

冒頭でも述べた通り、そもそも必要最低限以上のコミュニケーションが取れていれば会議なんて不要です。
結局、職場環境の改善ってかコミュニケーションの問題が8割以上を占めているような気がする今日この頃。

コミュニケーションの一環として会議を利用するという手法がないわけではないですが、やはり意味のある会議を求めたい。
変にピリついた空気で会議するくらいなら、みんなでブレストでもやった方がまだマシな気がする。

しかしながら、よくよく考えてみると日本では「国会」という最高峰の会議の場があんな調子ですから、下々が会議が下手なのも納得ですね。

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