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コラム | イチローと羽生善治を応援する『覚悟』

POST:2019.03.19

恐らく、興味がない人にとってはどうでもいい記事になるかと思う。
それくらい私的な記事であることを了承していただきたい。

しかし、このタイミングでこういう記事を書くことの意味は自分の中には、ある。

この記事で語るのは、「羽生善治」そして「イチロー」という自分にとってのヒーローたちについて。
そして、その2人を応援するということの『覚悟』について。

ファンとしては目を背けてはいけないものがあると思っている。

羽生善治とイチロー

羽生善治。将棋棋士。

将棋ファンのみならず、その知名度は抜群かと思う。
1970年生まれ。現在48歳。
1985年に史上3人目の中学生棋士としてデビューすると、順調にキャリアを積み重ね史上唯一の「永世七冠」「タイトル獲得数単独1位」「一般棋戦優勝単独1位」などその功績を挙げるとキリがない。

イチロー(本名:鈴木一朗)。野球選手。

国民的野球選手の1人で、日本・メジャーでの「レジェンド」である。
1973年生まれ。現在45歳。
1992年シーズンでプロデビューすると、2001年にはメジャーリーガー。
その後の活躍は説明不要かと思う。
シーズン最多安打記録の樹立、通算3000安打達成などなど打ち立てた記録は信じがたいものがある。

両者は、共に平成を代表する人であり、管理人が個人的に尊敬して止まない人だ。
しかし、平成も終わりに向かう今、2人は大きな節目を迎えつつある。

そもそも何に魅かれたのか

共に1995年前後であったかと思う。
両者がスターダムにのし上がった。

当時小学生だった管理人にとっては、「将棋が物凄く強い人」「野球が物凄く上手い人」そんな程度の認識だった。
もちろん、「すごい人」という認識で過ごしていたが、本当の意味でそのすごさを認識できたのはここ数年のことだ。

両者に共通しているのは

●継続すること
●自らを変えることを厭わないこと

であると感じている。

長く超一流であり続けた2人は、とにかく「小さなこと」を疎かにせずそれを「ひたすら継続」する。
そして、必要とあれば自分のスタイルを変化させることを厭わない。

イチローさんはバットを変えないが、バッティングフォームを毎年変更する。
ルーティンは変えなくとも、「フォームを見直してアジャストしていく」ことは厭わない。

羽生さんは常に最新型の将棋に挑む。
過去の「常識」に囚われず、新しいものにチャレンジする。
今でも羽生さんの将棋は流行の最先端だ。

年齢を考えると、両者とも「守り」に入ってもおかしくないのに、「チャレンジ」し続ける。

恐らく、その姿が自分を惹き付けている。
少年だったあの頃の自分に戻らせてくれる。

自分にないものは自分にとって無条件に尊敬の対象だ。
今後どうあれ、永遠に「ヒーロー」だ。

年齢は競技者にとって残酷なものなのか?

昨年末、羽生さんは棋聖に続いて竜王も失冠した。
無冠となるのは実に27年ぶり。
この数字を見れば、羽生がいかにトップランナーとして走り続けていたかがよくわかる。
「羽生九段」という呼び慣れない呼称にも少しずつ慣れてきた今日この頃。
そのことが持つ意味を考えると少しばかり寂しい気持ちになる。

羽生さんは、元々序盤研究で相手を圧倒するタイプではないような気がするが、抜群の切れ味の終盤力と中盤の独創的な構想力で勝利を重ねていった。
しかし、ここ数年は将棋ソフトによって生まれる新しい序盤の価値観への対応や、終盤力の衰えが目立ち始めていた。
管理人がしっかりと将棋を見るようになったのは2015年以降だが、既に「衰えた」という言説が飛び交っていた。

その「衰え」に対して真っ向から挑戦し、もがきながらも勝ちを重ねていくその姿は史上最高の棋士としてのあるべき姿であると断言できる。

今でももちろん強い。
順位戦ではA級2位。NHK杯も優勝とあれば十分トップクラス。

しかし、それ以上に強かった姿を知っている身からすると、「衰えた」というのも少し理解できてしまう。

一方、イチローさんはと言うと。
昨年は5月以降MLBの公式戦から遠ざかっている。
45歳で迎えた今シーズン、2019年3月20日に行われる「マリナーズ×アスレチックス」の開幕戦メンバーには選ばれた。
しかし、オープン戦・練習試合通じて24打席ノーヒットが続く中で開幕戦を迎えることになる。
守備にはそこまで陰りがないため、打撃の不調が目立ってしまう。

新フォームがフィットしていないのか、巷間で噂されているように動体視力が衰えているのか・・・

一体どうしてしまったんだ!?
と言うのは楽だ。

しかし、本人たちは必死だろう。
手を抜いている訳でもないだろう。

どんな超一流でも「寄る年波」には勝てない部分がある。
何だかそれをまざまざと見せられている気がしてならない。

応援する『覚悟』

羽生さんは、2019年3月17日放送の「NHK杯」において優勝し、『平成』という期間のすべてにおいて「タイトル獲得」「一般棋戦優勝」のいずれかを達成した。
もちろん、羽生さんしか達成していない大記録である。

しかし、タイトル獲得「100期」という大記録はどうなるだろう?

イチローさんは、日本での開幕戦を終えるとかなり厳しい立場だ。
日本でのベンチ入り人数は特例により28人。
アメリカに戻ると通常通り25人の枠となる。

オープン戦の結果から見ると、日本での開幕2連戦後進退について重大な決断が行われても何ら不思議ではない。

もちろん、管理人が不安がったところで、2人とも気にも留めないだろう。
次の対局へ、次の試合へ、それぞれができる最高の準備をして臨むだけだろう。

それは、これまでと変わることなく淡々と行われるだろう。

結局、それが好きなのだと思う。
2人が第一線で活躍できなくなったとして、2人は変わらないだろう。
変わるのはファンだ。
見る側の気持ちが変わってしまうのだ。

「こんな姿見たくなかった」とか「今の雄姿を焼き付けよう」とか。
そういうのではないんじゃないか?

ただ淡々と、2人の姿を見守る。
それが、応援する側の『覚悟』ではないだろうか?

もちろん、2人ともまだまだ大活躍する可能性も大いにある。
むしろそうであって欲しい。

しかし、2人はそんな一個人のノスタルジックな願望なんて関係ない所で戦っている訳で。

「変わらないために変わり続ける」ということの難しさを体現し続けている2人に敬意を表して、「変わらず」応援していきたい。
これからどういう結末になろうとも、淡々と受け入れていきたいと思う。
それが、応援するということの意味であり、ファンとしての『覚悟』だと思うから。

これまで通り一流であり続けるために、2人はまだまだ戦う。
その美しい姿を見ながら、自分も気高く戦い続けたいと思う。

感情の赴くままに書いたので、乱筆乱文であることは大変恐縮に思う。
ご容赦いただければ。

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