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コラム | 人口知能(AI)と人間はどう付き合うべきか?~韓国囲碁界の巨人イ・セドル九段の引退~

POST:2019.11.29

2016年に行われた囲碁AI「AlphaGo」と韓国囲碁界のスーパースターであるイ・セドル九段との5番勝負は、「AlphaGo」の4勝1敗という結果に終わった。

既にコンピュータソフトに対して負けてしまっていた「チェス」や「将棋」に比べ、囲碁は本格的なコンピュータソフト開発は後発組。
しかも19×19という囲碁の局面の広さも手伝って『人間に勝てるはずはない』とまで考えられていた中での対局だった。

「AlphaGo」はGoogle傘下の企業が開発した囲碁AI。
自己学習を繰り返し最適な手を繰り出していく「ディープランニング」というAIの手法の進化がこの対局において如実に発揮されたため、囲碁界にとっても人工知能界にとっても重要なトピックとなった対局だった。

特筆すべきは、第4局でイ九段が挙げた1勝。
囲碁の神様へと一気に近づいていくAIに対して人間側が示した意地の1勝。
5番勝負においては「AlphaGo」の圧勝だったとは言え、この1勝の価値は計り知れないものがある。
しかし、その後イ九段を含めて「AlphaGo」に勝てた人間はいない。

「AlphaGo」はその後も進化を繰り返し、今ではイ九段が対局した当時の「AlphaGo」と100局戦って無敗の「AlphaGo Zero」も開発されている。
今やチェスや将棋、囲碁といったボードゲームはソフトやAIでの研究を基に成り立っており人間の限界を感じさせている。

そんな人類の意地を見せつけたイ・セドル九段は2019年をもって勝負の世界から引退することを表明した。
理由は単純。「どれだけ努力してもAIに勝てないことがわかった」とのことだ。

ソフトやAIを研究に取り入れ、共存・共栄を目指している囲碁界でイ九段はAIに抗い続けたとも言える。
彼のトップ棋士としての矜持が伺い知れて個人的にはとても素晴らしい引退理由だと思っている。

また、イ九段は囲碁そのものは続ける意向であり、近いうちに別のAIとの対局も予定されているそうだ。
転んでもタダでは起きないつもりである。

人間とAIはどう付き合うべきか

囲碁AI「AlphaGo」にせよ将棋AI「Alpha Zero」にせよ、Googleはその分野で「人間を負かしてやる」ために開発したわけではない。
ディープラーニングの最適化とその修正のために囲碁や将棋、チェスというボードが選ばれたに過ぎず、人間に勝ったというのは象徴的な出来事ではあるがAIの歴史からすればほんの序章に過ぎない。

現に人間に勝ったからといってAIそのものの開発が終わった訳ではない。
AIそのものはこれからも進化しつづけるだろうし、工業・医療・農業など様々な分野で今後台頭してくるだろう。
ビジネス誌などでは「AIの脅威」を煽り「大失業時代の到来」などと喧伝することもあるが、果たして人間とAIは敵対関係にあるのだろうか?

管理人は人事や組織のことならまだしも、人工知能のことにはまるっきり疎い。
これから人工知能が進化し続ければ、失われる職業も出てくるだろうし、それによって生活が脅かされる人が出てくることも否定はしない。

しかし、それは全体から見たらほんの一部に過ぎないのではないだろうか?
最終的には人間が行わなければならないという仕事も必ず出てくるだろうし、今あるすべての職業に代わって人工知能が仕事をするとも思えない。

人間の凄い点は、「考える」「しゃべる」「手足を動かす」といった複数の動作を同時に行える点にある。
AIを搭載したロボットが開発されたとしても、ここまで複数の動作をスムーズに同時並行で処理するのはかなり難しいだろう。
もちろん、単純な作業の速度や正確さなどは人間に勝るだろうが、人間には「人間にしかできない」ことが必ずある。

囲碁や将棋のAIがどれだけ優れていても、まだ自力で対局場に向かうこともできない訳だし、対局の合間に小粋なジョークで場を和ますこともできない。
まだまだAIも進化・向上の最中であって、今すぐにSF映画のような「機械に支配される世界」が到来することはない。

しかし、今のAIの実力と今後の進化速度を鑑みるとAIと人間の適切な距離感というのは探っていかなければいけない段階にきているだろう。

囲碁や将棋、チェスの世界では、すでにソフトでの研究が主流だ。
ソフトに対して敗北を受け入れていることになるだろうが、共存していく道を模索し続けているという側面も事実だ。
この事例は、AIと人間の関わり方を考える上での貴重な先行事例として今後研究が深まっていく可能性はあるだろう。

例えば、自動運転が実現されたとしよう。
もうその未来は「近い将来」の話だ。
タクシーやトラックのドライバーという職業は縮小する可能性があるとしても、「ドライブの楽しさ」までが失われるわけではないだろう。
それに、飛行機の自動操縦を見ても完璧なオートメーション化はされていない。
絶対に人間が関わる作業が発生している。

工場で機械化が進んでいても、工場で仕事をする人がいなくなった訳ではない。
仕事が変容しただけである。

事務業務においても、RPAなどで業務の効率化が起きたとしても人間にしかできない仕事は山ほどある。
自分よりも仕事が速い助っ人が大活躍しているくらいの感覚でいかに上手くAIを使いこなすかという感覚がこれからの社会人に求められるスキルになるだろう。

そう、AIが台頭することで失われるのは仕事ではない。
これまでのやり方で大丈夫、という価値観や常識が失われるだけだろう。

今後は、AIに限らず新しい技術を「いかにうまく取り入れるか」というのが経営課題の大部分を占めていくことになるだろう。
それは決して人間の未来を脅かすものではなく、我々の生産性を向上させ業務の効率化をもたらしていくものであると信じている。

AIに負けたからといって、囲碁や将棋というゲームを人間が行う意味が失われた訳ではない。
人間には人間にしかできないことがある。
イ・セドル九段のように、人間の意地を示すことでブレイクスルーする分野もあるだろう。

AIに対してむやみやたらに脅威を感じるのではなく、どうやったら共存できるのかを模索していくことこそが人間の持つ能力の活かし方として正しいような気がする。

一人の偉大な棋士の引退は、これからのAI時代に対しての大きな布石となっている。
そんな思いを馳せずにはいられない。

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